kotoseiryu888’s blog

書評や映画鑑賞がメインのブログです

[二丁目の叔父さん」☆大谷峯子を読んで…。

 

二丁目の叔父さん (ゲイの天才、モモエママの人生語り)

二丁目の叔父さん (ゲイの天才、モモエママの人生語り)

 

 

ある時はトラックの運転手、またある時はパチンコ屋の従業員、そして現在ゲイバーのママ。御年70歳。角刈りのモモエママの人生のはじまりはじまりー。

 

お気に入り度 ★★★

 

この本の著者の叔父はゲイである。御年70歳になるという。叔父は新宿2丁目でゲイバーを始めて40年になる老舗を経営している。この本で著者はゲイに対する理解と生き様や家族の接し方について訴えている。インタビュー形式でまとめられており、全253ページ。およそ7割が叔父さんとの対談で、叔父のパートナーとの対談が2割、著者、叔父、パートナーとの鼎談が少しと1時間程度で読了できた。

 

男性の同性愛者の呼び方は様々あるが、「ゲイ」はレズビアンもホモもすべてをひっくるめての言葉だという。「ゲイボーイ」は2丁目のお店などで働いている人、「ホモ」とは男っぽくして男に愛されたい人、「ニューハーフ」とは女の格好をする人なのだそうだ。「おかま」というのは、女の格好をして街に立って売春している人だとか。ここまで詳しいことは知らなかった。

 

なかでも興味深かったのは、叔父さんが中学生時代にそういう関係にあった男子同級生に電話した話。55年ぶりだったそうだ。消したい過去だと思われていないか不安だった叔父さんだったが、相手は「かつみくん?」と懐かし気な声で話したというのだ。そこは人間愛に奥深いものを感じた。自分のことではないがうれしかった。

 

叔父さんが中学生ぐらいの1960年代といえば、ゲイの解放運動が北米やヨーロッパ、日本で始まった時期とされているが、まだ現代のような開放された時期ではなかったと推測され今以上に生きにくかったのではなかろうか。ちなみに叔父さんと同年代のニューハーフ芸能人として有名なのはカルーセル麻紀である。華やかなニューハーフと比べて、角刈りで男のままの叔父さんはかなり地味な印象だ。

 

この本の表紙はピンクのバラが敷き詰められたもので、黒字の帯にピンクの文字で「乙女な少年たちよ、愉しく生きよ!」と書かれている。街中の本屋さんでこの本を買うのはかなり勇気がいるかもしれない。帯に書かれている少年とは、20代を越えた男子に向けたものだと思う。10代の少年のために、この本を買いやすくするならば、もっとシックな表紙の方がいいと思う。

 

あと残念に思ったところは、インタビュー形式で書かれているが、画像やイラストなどが一切ないこと。ざっくばらんな内容だが、叔父さんのイラストや写真、お店の様子などが挿入されていればもっと臨場感が出て読みやすかったと思う。内容はゲイの出会いから性の体験などがかなり濃い内容なので、未成年にはお勧めできない。

 

著者はゲイである叔父のことが大好きで、誇りに思っている。メンタルの強い叔父の人生を通して、自身も読者にも人生そのものを楽しんでほしいという強い気持ちが表れている。

叔父さんは、「今度生まれてきても、ゲイでいいと思ってる。」ここまで断言できる人生を歩んでいる叔父さんの半生記に興味がある方はぜひ読んでもらいたい。

 

余談ですが、お店の名前と、ママの名前が分かっていたので、グーグル検索したところ、FACEBOOKでお店が出てきた。ママの写真も出てきた。見た目は普通のおじさんといったところだが、著者によると、叔父さんは性別を超えた妖しい魅力のあるとのことなので、御店に行って一度会ってみたいと思った琴誠龍でした。

「もう生まれたくない」☆長嶋有を読んで…。

 

もう生まれたくない

もう生まれたくない

 

 

FACEBOOKTwitter、インスタなどから流れる情報、「知る必要もない死まで知るようになった社会だからこの小説ができた」と作者談。

 

お気に入り度★★★★

 

訃報が出れば、TwitterFACEBOOKで追悼メッセージが溢れる今の社会。その死について心から悲しみ、メッセージを投稿している人はいるのか?そもそも本当に悲しい時にSNSでつぶやくことはできるのか?作者はそういう気持ちがあったのかもしれない。この作品のインタビュー記事で「実際の現場の人間にとって、死というものはただただ悲しいもの。でもそれが巷間の訃報というものになると、ヘンな思弁になるということが分かるようにしました」と述べているからだ。

 

主人公格は中年女性3人。大学で働く首藤春菜、シングルマザーの小波美里、掃除婦に見えない根津神子。あるミュージシャンの訃報から話が連なっていく。群像劇型である。この3人の他に大学生のカップルや大学講師などが出てくる。この作品の面白さは実名人物の事件や事故が出てくるところだ。亡くなった人物ばかりだから著作権は不要だからか

(笑)劇中にセガサターンゲームボーイジェンガなど懐かしいゲームが出てくる。

 

中でも声優の内海賢二さんの訃報パートはかなりページ数が長い。内海さんといえば、魔法使いサリーのパパ、ドクタースランプ則巻千兵衛北斗の拳 ラオウに加え、映画の吹き替えなど40代以上の方なら知らない人はいないでしょう。この作品を作る時、最初に書き始めたところが内海さんの訃報からだったと作者が述べているところからも相当思い入れが強かったのだと推測できる。

 

知る必要のない死まで知るようになった社会だから、 この小説ができたと語る作者。SNSが流行る前訃報はテレビのニュースや新聞で知ることが多かった。

琴誠龍の最近の身近な死としては、実父が去年交通事故で亡くなったことだ。亡くなったときも悲しみは深かったが、父が亡くなって一年半たつ今でもボディブローのように悲しみが消えることはない。

 

この作品の中でもたくさんの死と向き合うシーンがある。夫をなくした妻でさえ慟哭するシーンがない。喪主のあいさつで述べた言葉「彼が一番驚いていると思う」だった。悲しみを表す言葉はなくても、言語にされないものに悲しみが詰まっていると作者は言いたいのかもしれない。

 

長い人生を生きていく以上、今後もたくさんの訃報を知ることになるだろう。そしていつかは自分もまた訃報の主人公になる日も来るだろう。これだけはどんなに偉い人でもお金持ちの人でも避けられない運命だ。人は生まれてくる以上、死は避けられないものだ。

 

知らなくてもいい訃報に踊らされず、きちんと死と向き合うことでしっかり生きていく礎になるのではないか?この作品で作者が伝えたかったことはそういうことではなかったかと私は思う。「もう生まれたくない」というタイトルは、死ぬくらいならもう生まれたくないというメッセージにもとれるが、神様より命を預かって生まれてくるので、結果的にはそうすることもできない何とも不条理なことである。

 

余談ですが、長嶋有さんは芥川賞を受賞した作家さんだが、同時に漫画家さんでもある。「フキンシンちゃん」という漫画で主人公の蕗山フキ子(名前もなんだかなぁ)という美少女高校生をこの作品に登場させている。死にまつわることがとてつもなく好きな不謹慎な美少女である。このフキンシンちゃんが作中で重要な役どころをしているところが面白い。

 

一度手に取ってご自身の目で確認してほしい。

「定年後の暮らしの処方箋」☆西和彦を読んで。

 

定年後の暮らしの処方箋

定年後の暮らしの処方箋

 

 

等身大の定年生活をめざす方に。ただし美術工芸、旅行、音楽、女性については記述なし。 著者の言葉を借りれば「並みのサラリーマンの成れの果て」に生まれた本。

 

お気に入り度 ★★★

 

この本はタイトルからわかるように、定年後の暮らし方について著者が観察、実践したことをまとめたものである。この本を読んで定年後の人生を面白がって暮らせるようになってほしいという著者の思いがつづられている。もともとこの本は入院している会社仲間のために書き溜めた10編程度から始まったものだが、周りの薦めもあり続編を追加してできたものである。

 

著者である西和彦氏は1945年に金沢で生まれ、京都大学大学院を卒業後、大成建設に入社、建築物全般の商品企画・市場開発に従事、理事で退社後定年を迎えている。大成建設といえば大手ゼネコン、「並みのサラリーマン」という言葉も謙遜された言葉だと思う。

 

息子さんは生まれた時から重度の障害を持っていたにもかかわらず、会社には言えなかった。医療費が年間百万円近くかかったが、出世の妨げになるという意識がないといえばウソになると正直に書かれています。賛否両論あるかと思いますが、やましい気持ちを隠さずに書かれていることに偽りはないと思います。定年を迎えた今だからこそ、障害児の父親を公言し、大きな特質として向きあっていることは会社というしがらみから解放されたからだと思います。

 

定年ときけば、「もうおしまい」だというイメージがどうしても嫌だった著者。自ら「提年期」という言葉を考えました。「会社時代とは違った価値観で社会とそして新しい仲間の方々と手をたずさえていく」という気持ちから造ったとのことです。これから定年を迎える方にとって、希望を与えるなかなかいい言葉だと思います。

 

この本のなかで一番のキーワードは「提年力」で、第6章の「提年力」には著者が定年を迎える方々に必要な力が具体的に書かれていていずれも納得できるものである。実際読んで確かめていただきたい。

 

全体的には定年後の日々の暮らし方、地域デビューの仕方、高齢化社会を生きる上で必要な知恵と努力など具体的に書かれているので読みやすい。196ページ、2時間ほどで読了できた。

 

この本で自分もマネしたいと思ったことがあります。それは、1年に名前をつけること。社会人になると1年の記憶があいまいになり、いつ何をしたのかわからなくなることもあります。例えば、去年はテニスをはじめた年、今年は「本が好き」に登録した年といったように。そうすることで名に負けないように注力し「年」を自分のものにできそうだからという著者の考えは素敵だなと思いました。

 

この本はどちらかといえば男性向けの本で、定年後の日常生活の小さな疑問や悩み、それに対してやってみたことが書かれているので、仕事を中心に頑張ってきた方におすすめしたいです。

「赤い指」☆東野圭吾を読んで…。

 

赤い指 (講談社文庫)

赤い指 (講談社文庫)

 

 

1人目の赤い指は認知症が引き起こしたものだった。2人目の赤い指は息子を取り戻すためだった。

 

お気に入り度 ★★★★

 

誰もが知っている東野圭吾さんの作品なので、書評を書くのをためらってしまうが、自分の読了記録を兼ねて書きたいと思う。

 

容疑者Xの献身」で直木賞を受賞後、1作目の作品であり、同様に刑事ものの作品であり、加賀恭一郎シリーズとしては7作品目である。東野圭吾作品はドラマ化されているものが多いので、最近、阿部寛が演じている加賀恭一郎は有名かもしれない。

 

中年のサラリーマン・前原昭夫が妻からの電話で帰宅すると、庭に変わり果てた幼女の遺体が。どうやら殺害したのは中学生の息子のようだ。家族の保身を考えた時、思いついたことは人として絶対にすべきことではないと思っていた事だった。息子のイジメ問題、嫁姑問題などで家庭不和だったが、事件により家族の結束が強くなった事は何とも皮肉である。

 

この作品の醍醐味の一つはは図らずも死体遺棄シーンである。まるで犯人になったような息も詰まる臨場感。死体とはいえ、罪もないあどけない少女を臭気のこもった汚らしい便所に置き去りにする極悪非道なシーンであるが、そういうことを忘れ去るほどの克明な描写は圧巻であった。

 

そして加賀刑事と加害者家族との関係、かかわり方、向きあい方は作品としてはお見事であるが、実際、こんな刑事さんおるか~?いやおらへんおらへん…。と、うそぶく私はやっぱりひねくれもんである。

 

この作品では、どこの家庭でも起こりうる問題がたくさん書かれている。中学生のイジメ、夫の浮気、認知症や介護、少年による犯罪などである。父親である前原昭夫は息子のイジメによる不登校も厄介事にしか思えず、息子と向きあうことをしなかった。言葉による対話ができずとも相手の目や態度でわかることもある。きちんと向きあっていればあるいは息子もこのような事件を起こすことはなかったかもしれない。

 

逮捕された息子は、反省をするどころか「親が悪い」と言い切る始末。たちが悪い。こやつだけは許せん!!

 

唯一の救いは加賀刑事と亡くなった父親との関係だ。

父親が亡くなる前に望んだことは、他からみれば、到底理解できないことだった。だが、「大事なことは理解できなくても尊重することだ。」加賀自身のセリフが救いである。

 

赤い指の謎は、ぜひご自身で確かめてください。

ブレイブストーリー☆2006年公開 日本映画を見て…。

 

ブレイブ ストーリー

ブレイブ ストーリー

 

 

 

ブレイブ ストーリー [DVD]

ブレイブ ストーリー [DVD]

 

 

クライマックスで流れる音楽が映像と調和していて心地よい。主人公は小学生だが同じ世代の子どもと一緒に見るには重すぎる映画。

 

お気に入り度 ★★★★

 

宮部みゆき原作の映画化したもので、映画館では11年前に見に行きました。内容をアバウトにしか憶えてなくて、娘と今日改めて見たんですが、離婚、心中、いじめなど扱っているテーマが重い。高校生の娘さえ(自分が)小学生の時によく見たもんだと驚いていました。きっとその時は訳が分からず見ていたのかもしれません。

 

主人公ワタルの声は松たか子さんで、その友達の声がウエンツ瑛士くん。声優さながらの堂々としていてはまり役でした。二人とも抜群にうまい。ストーリーも作画もなかなか良かったと思います。ワタルが異次元の世界に入ってからはRPGゲームのような印象がありました。

 

映画の中でワタルが言ったセリフ「ぼくは自分の運命を受け入れて、自分で未来を作っていこうと思います。」が心に響きました。

 

原作小説では、かなり残虐なシーンや死者がでているようですが、アニメということで映画ではそういうシーンが削られていたようです。

 

高校生以上の人たちに見てもらいたい映画だと思います。

「友情」☆武者小路実篤を読んで…。

 

友情 (岩波文庫)

友情 (岩波文庫)

 

 

読了後に感じたこと。怒り、裏切り、リア充爆発しろ、失望だった。

 

お気に入り度 ★★★★

 

あらすじはぶっちゃけて言うと、文士の卵である野島が友人の妹、杉子に片思いするが

フラれ、杉子は野島の親友大宮と結ばれてしまう。大宮は友情より女を取ったのだ。

こんな風に書いてしまうと、武者小路実篤はずっこけてしまうかもしれない。

 

この作品の魅力は大宮が野島に公開した告白小説(ノンフィクション)の内容である。

杉子から大宮に当てた手紙から始まる。野島を尊敬するがゆえに、野島の恋を成就させようと努力、協力する大宮。それに対し杉子は野島を二番目に尊敬するというも1時間も野島の横にいたくないという非情な答えを返す。それは罪なのか?と聞かれればそうではない。

 

人柄がよいからとか他人に勧められるから愛するものではない。好きか嫌いかである。人を愛するのに理由はいらない。そういう意味では杉子は正しいのかもしれない。

杉子と大宮の手紙のやりとりの中に、大宮の苦悩の考察がある。友情を取るのか、愛情を取るのか。

 

そもそも野島の杉子に対する愛情は本物だったのか?これも小説内に書かれているが、野島は女の人を見ると結婚のことをすぐ思わないでいられない人間であり、結婚がすべての男だった。野島自身も「自分は矢張り杉子の心を愛しているのではなく、美貌と、身体と、声とか、形とかを愛しているのだなと思った」とはっきり述べている。

 

野島の未熟さや依存症ともいえる性格を熟知している大宮は、野島の杉子に対する愛情が本物ではないことに気づいていた。だからこそ小説で告白する形を取ったのではないか?文士の卵である野島なら、一時的に傷ついたとしても大宮の変わらぬ友情をくみ取ってくれるのではないかと。

 

それでは愛する杉子を手に入れた大宮は幸せで、失恋した野島は不幸せなのか?

その答えは、武者小路実篤が序文で述べている。失恋するものも万歳、結婚する者も万歳と。幸せは自分が決めるものなのだと。

 

この小説はやはり10代から20代に読んでほしい。自分が野島になったり、杉子になったり、大宮になったりして立場を置き換えて、疑似恋愛を経験してほしいからだ。

 

余談になりますが、実はこの小説を読むのは初めてだった琴誠龍。娘が最初に読んだのですが、読了後、娘は涙を流しておりました。あまりにも野島が不憫だと。娘にぜひお母さんも読んでほしいといわれ、夜11時から2時間ほどで読了しました。私は涙を流しませんでした。娘と違うのは、杉子に腹立たしい気持ちが起きたこと。あとはキャッチコピーの通りです(笑)

 

ただ、そのあと冷静になり、こういう恋愛はよくあることだと思いましたし、愛情は見返りを求めてしまうものだが、友情はそれほどではない。愛情は感情で別離を生むが、友情は壊れても修正できるものではないかと思いました。武者小路実篤が「愛情」というタイトルではなく「友情」にしたのはそういう意味があったのかなと琴誠龍は思いました。

『手紙は憶えている』 2015年製作のカナダ・ドイツ映画

 

 

彼の最大の失敗は年を取りすぎたことだ。

 

老人ホームで認知症を患う主人公のゼフ。友人のマックスが書いた手紙をお守りのように肌身離さずポケットに忍ばせ、老人ホームを飛び出し、ある男に会いに出かける。アウシュビッツで自分の家族を殺した犯人を捜して。果たして彼は犯人を見つけることができるのか?復讐を果たすことができるのか?

 

最初この映画のタイトルや主人公を見た時、手紙、老人とくればほのぼのしたものかと思ったが、そうではなく、見終わったときの気持ちは空虚だった。面白さはなかったが、考えさせられる映画だった。そういう意味では世間に一石を投じてくれた優秀な作品であったといえる。

 

彼の最大の失敗は年を取りすぎたことだ。

この映画の原題は、Remember(思い出す)である。

原題を見れば、カンのいい人なら映画の結末がわかるかもしれない。

なかなかいい邦題を付けたものだと思う。

 

戦争や大虐殺の悲惨さを忘れないように、当事者ですら忘れてしまうほど年月が経ってしまった今、その思いを忘れることがないようこの映画は作られたのかもしれない。

 

この作品は2015年にカナダ、ドイツ共同で作られ、ヴェネチア国際映画祭トロント国際映画祭などに出品されている。

 

主人公のクリストファー・プラマー

映画「サウンドオブミュージック」でゲオルクを演じていたそうだ。名実ともに息の長い俳優さんである。