koto's room

50代主婦が独学でインドネシア語を勉強(キックジャパネシア編)

今日からインドネシア語で3行日記

                                                                                bulan Oktober 23(dua puluh tiga),2018

Kemarin saya absen dari kantor karena kedinginan.

Tenggorokan saya terasa sakit.

Saya ingin cepat sembuh.

 

(日本語訳)

昨日私は風邪で会社を休んだ。

のどが痛いです。

早く良くなりたいです。

 

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押絵と旅する男☆江戸川乱歩を読んで…。

 

押絵と旅する男 (立東舎 乙女の本棚)

押絵と旅する男 (立東舎 乙女の本棚)

 

 

読んだあと、私の頭の中で「世にも奇妙な物語」のテーマ曲とタモリのナレーションが聞こえてきた。

 

お気に入り度:本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント

 

娘が「昨日読んだ本、良かったでー」というもんだから、負けじと読んでみようと思ったのがきっかけで手にした本がこれだ。江戸川乱歩と言えば、ミステリー作家の大御所というイメージで知ってはいたが作品を読むのは初めてだった。謎解きが難しいんじゃなかろかとかという勝手な思い込みで読むことを避けていたのだ。乱歩先生ごめんなさい。

 この作品の描写で気に入った文がこれだ。「蜃気楼とは、乳色のフィルムの表面に墨汁をたらして、それが自然にジワジワとにじんで行くのを、途方もなく巨大な映画にして、大空に映し出した様なものであった。」作家だから当たり前なのかもしれないが描写が想像力の未熟な私でも映像で再現されるぐらい上手い。

あらすじとしては、たまたま乗り合わせた列車で、暗闇の中で風呂敷から取りだした額を、まるで子どもに景色を見せるかのように置く老紳士を見た主人公は、とりつかれたようにその様子を見つめてしまう。40代にも60代にも見える黒い背広を着た奇妙な老紳士から手招きされ、目にしたのは洋装の老人と振袖を着た美少女の押絵細工だった。押絵を窓際に立てていた意味とは何か、その謎が明かされる。そこには幸せを手に入れた代わりに苦しむ老紳士の兄の姿があった。

叶うはずのない恋が叶ってしまった代償は大きかった。といっても、巷で話題の不倫などではない。互いに伴侶はいない。年の差はすこしばかりあいているが、恋をするのに問題はなかった。恋した相手は人間ではなかったことだ。


 兄が恋におちた場所は、凌雲閣という明治期から大正末期まで東京浅草にあった12階建ての塔だった。スコットランド生まれのバルトンが建てた西洋風の建物で展望台や店舗が入っていたと記録されている。関東大震災により半壊し、1923年に解体されている。

 兄が愛する人を見染めたのぞきからくりは、大道芸のひとつで客にレンズ越しに情景を描いた絵を覗かせ「からくり節」と称される節回しに乗せて説明を加えながら、ひもを操作し絵を次々と差し替えながら見せる見世物だそうだ。兄は25歳で恋に落ち、35年たった今もたった一人を愛し続けている。

 この小説は1994年、川島透監督によって映画化されており、私は知らなかったが、浜村純さんという名脇役と鷲尾いさ子さんが出演している。関西のありがとう浜村淳さんではない。
小説ではメインパートが列車の中の額縁の秘密を語るところだが、映画化するにはそのパートだけでは足らなかったのか、弟が兄を捜して町を彷徨うところから話は始まるようだ。実際に見ていないため間違えていたらすみません。

 江戸川乱歩曰く、この作品はある意味では、私の短編の中ではこれが一番無難だといってよいかも知れないと。それほど満足ができる作品だったのではないかと言える。

 わずか67頁の短編なので読み終わるまで1時間もかからなかったです。青空文庫にも収録されているので、午後のひとときや通勤、通学の電車の中でも十分読めます。ミステリー好きでなくてもお勧めです。原作通りの短編映画が出たらぜひ見てみたいと思います。

 

【番外編】高校生の娘が書いたショートショート

娘が学校の課題で書いた作品です。テーマは「りんごが実は〇〇だった」です。

 

 

ウサギのたまご

 

お隣さんからリンゴを貰った。食べようとして包丁を取りだしたところ、私は耳を疑うような声を聞いた。

「待ってください!ボクはリンゴではありません!」

耳をつんざくような高い声。驚いて辺りを見回すも部屋にいるのは自分と、目の前に置いてある赤いリンゴだけだ。

「聞こえてますか?」

また声が聞こえる。今度は音の出どころも分かったが、正直理解が出来ない。

ドッキリなんだろうか、私は渋々そのリンゴに向かって話しかけた。

「えっ、リンゴじゃないってどういうこと?」

「それはボクもよく分かりませんが、自分がウサギになれる存在であることだけは分かるんです。きっとボクはウサギのたまごなんですよ。」

「ウサギになれるウサギのたまご…」

「とにかく、ボクはリンゴではないので切るのはやめてください!」

リンゴは顔を真っ赤にして訴える、いやリンゴは元から赤いけど。

しかしいま我が家にあるリンゴはこれしかないのだ。

そして私はリンゴがとても食べたい。

微妙な罪悪感を持ちながら包丁を振りかざした。

「ごめん…」

「待ってくださ、ギャー!」

自称ウサギのたまごの迫真の叫び声に思わず包丁を置き目をつむる。

少しして目を開けるともうリンゴは喋らなくなっていた。シン、と部屋に静けさが戻る。

きっと幻聴だったのだろう。もしかしたら疲れているのかもしれない。

なんだが少し可哀想なことをした気がする。謝罪というわけではないが切ったリンゴはウサギ型に剥いて食べることにした。すると。

「思い出しました!ボクはウサギ型にしてもらって初めてウサギになれるんです!ありがとうございます、飼育員さん!」

そういうとリンゴもとい"ウサギ"たちはぴょんぴょん跳ねて開いていた窓から元気に飛び出していった。

しばらく唖然とした後、私は今日のデザートを失ったことに気が付いた。

 

(2017.10月 高校生の娘作) 

「夜長姫と耳男」☆坂口安吾を読んで…。

 

夜長姫と耳男

夜長姫と耳男

 

 

モラルがないということ自体がモラルなのだと知らされる。氷を抱きしめたようなせつない悲しさ、美しさがそこにはある。
 
お気に入り度 ★★★★
 
娘がお気に入りの文章を書き写す作業をしていた時、ふと目に入ったのがこの「夜長姫と耳男」だった。その文章を読んだ時、常識から逸脱した内容にある種衝撃を受けた。娘から青空文庫に入っているから読んでみたらということで読み始めたのだった。

飛騨地方に住む夜長の長者に呼ばれ、主人公耳男は姫に捧げる仏像を作るためやってきた。3年の間に姫が拝む弥勒菩薩を作るというものだ。ウサギのような大耳を持ち、馬のような顔にコンプレックスを抱いていた耳男は、姫からそのことを指摘され蛇をひっさき、生き血を飲み干し、蛇の死骸を天井から逆さづりにして、呪いを込めてバケモノを作るのだが、怒りを買うどころかそのバケモノ像を気に入る姫。そのころ、村では疱瘡が流行り、次々と死にゆく村人たちを見つめる姫の発した言葉は想像を超えたものだった。

この小説の面白いところは、カタカナ語が練りこまれているところだ。ヒメ、フシギ、ヒキデモノ、ホーソー、ツブラなどなど。漢字で見慣れている言葉がカタカナになるだけでこんなに違和感があるものなのか。耳男が長者にかけた言葉で「今生のおねがいでございます。お姫サマのお顔お姿を刻ませて下さいませ。それを刻み残せば、あとはいつ死のうとも悔いはございません」というのがあるが、この中のお姫サマの部分がおヒメサマでなかったところに耳男の心情の変化が表れているのではないかと思った。

ほのぼのとした小説ばかり読んでいたので、この小説は常軌を逸した異様な世界の話でなんだか恐ろしいなと思っていた。何かと共通点があると思って思い出したのが古事記の中に出てくる神話だった。イザナキとイザナミの愛情、我が子の惨殺、醜く変貌し妻から愛情が冷め、逃げ出すイザナキ、妻との決別。この小説が神話と似ている部分があると思うのは私だけなのだろうか?

ヒメの言葉に「好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ。(後略)」がある。好きなものを慈しむ、愛する、大事にするといった価値観がヒメにあったならこのような残虐さは生まれなかっただろう。

坂口安吾の「文学のふるさと」には童話赤頭巾の話を例に出して、こう述べている。「愛くるしくて、心が優しくて、すべて美徳ばかりで悪さというものが何もない可憐な少女が、森のお婆さんの病気を見舞に行って、お婆さんに化けている狼にムシャムシャ食べられてしまう。私たちはいきなりそこで突き放されて、何か約束が違ったような感じで戸惑いしながら、しかし思わず目を打たれて、プツンとちょん切られた空しい余白に、非常に静かな、しかも透明な、ひとつのせつない「ふるさと」を見ないでしょうか。


この小説が現実の話だと考えると残虐で辛い話になるが、文学として、作品としてとらえた時、安吾のいう「文学のふるさと」にあった作品だといえるのではないか。著者が赤頭巾のように、むごたらしいこと、救いのないことが、唯一の救いであるという思いをこの作品に込めたのではなかろうかと思う。

わずか100頁程度の作品なので1時間程度で読むことができます。ぜひ手に取ってご覧ください。


 

夜長姫と耳男 (岩波現代文庫)
 

 

「理由のない不安を一瞬で消す方法」☆高牟禮 憲司を読んで…。

 

 

 

?理由のない不安?を一瞬で消す方法

?理由のない不安?を一瞬で消す方法

 

五感のバランスを失った時、人は不安になるんやて。そんなん知らんかったわ。

 

 この本は、著者が完璧主義者だったエンジニア時代、体調不良により1年間の休養を余儀なくされた経験からさまざまな回復療法を試し、独自の療法を開発したものをまとめた本である。第1章、第2章は著者独自のマインドフルネスについて書かれており、第3章は一般的に「悩み関係」の本などに書かれている不安との向き合い方、第4章は仕事や人間関係についての心構え、第5章から第7章は、個人の恋愛、結婚、子育て、老後などの悩みについての対処法などが書かれている。

 

 私は悩み関係の本は借りたものや購入したものも併せて50冊以上は読んだが、この本の恋愛、結婚、子育ての部分は胸に響く言葉がなかった。というのは、経験と時間の経過が必要だからだ。特に子育てに関しては、娘が7歳のころから中学校を卒業する15歳の間の約8年間、カウンセラーと面談し、相談にのってもらっていたが、親自身も頭で理解できていても、感情的になってしまうことがあった。悩んだ結果、経験(妥協?)と時間の経過が必要であると実感したので、子育ての部分に関しては一般論だと思ってしまった。

 

 タイトルとなった「理由のない不安」はなぜ起こるのか?

著者によれば、「社会の多くの人が、均一の価値観を共有し、生活の基準としていた」ため迷いがなかったというのだ。それはどういうことか?ある程度の年になったら結婚するとか、離婚はすべきじゃないとか、子どもを産むのは当たり前とか、女性は家庭を守るべきといったようなことである。このような事が押し付けのように感じる人にとっては苦痛であるが、これさえ守っていれば社会的な立場は守られ安心感が得られるという。逆に守らなかった場合はもやもやした不安が付きまとう。

 

 自分の経験でいうと、田舎のお墓参りに行く時、いつも姉のうしろをついて行っていたが、ある日姉に「あんたが前歩き」って言われて、いざ行こうとしたらどこかわからないで困ったことがあった。そんな感じなのかもしれない。

 

 あなたは「マインドフルネス」といった言葉を聞いたことがありますか?私は言葉だけ聞いたことがあったが、実態は知らなかった。著者の言葉を借りると、「マインドフルネスとは、要は、よい、悪いといった判断抜きで今ここに意識を向ける状態のこと」で、その効果としてメンタルの安定やパフォーマンスのアップが知られている。

 呼吸法を取り入れた、いわば瞑想のような、既存のマインドフルネス法では取り除けない不安もあり、著者が独自のマインドフルネス法を開発したものがこの中に記されている。

 

 私がこの本で一番関心があったことは、「五感の使い方が偏ると、理由なき不安体質になりやすい。」という著者の言葉だ。普段、五感を意識して生活していなかったので、それは新しい発見であった。

 私の場合、「視覚」「聴覚」「味覚」は生活に絡んでくるものなので、当たり前のように使っているが、「嗅覚」「触覚」は前者に比べ使う頻度が少ない。不安という感情は「触覚」を通じて気づくものなんだとか。そうだったのか!そんなこと知る由もなかった。ではどうしたら「触覚」の感度を高めることができるのか?この本を読めばそれがわかる。

 

 この本を読んで、職場で不安になった時、著者のマインドフルネス法を試してみた。頭痛薬のように明らかな変化は見られなかったが、悪くもならなかった。検証が足りないので少なくとも3か月はこの方法を試してみたいと思う。今日から3か月後に、追記として検証結果を書いてみたいと思う。

2017年12月公開「仮面ライダー平成ジェネレーションズファイナル ビルド&エグゼイドwithレジェンドライダー」を見て

おすすめ度 ★★★★

仮面ライダー平成ジェネレーションズファイナル ビルド&エグゼイドwithレジェンドライダーを見た。映画初日だったが満員になるのは難しいのか、真ん中の席当たりに予約した人が集まっていた。親子連れ、特に父親と息子の組み合わせが多く、高校生の娘と母親の組み合わせは私たちだけだった。

  現在テレビで放映中のビルドと終わったばかりのエグゼイドのキャストが中心となって話は進む。パラレルワールドにいるビルドとエグゼイドの二人のライダーがあることがきっかけで互いの世界に紛れ込んでしまう。今まで別々の時期に見ていたライダーが同じ空間で話しているさまは、まるで学生時代の親友が社会人になってからの友達と話しているような感覚で思わずにやけてしまった。とにかくうれしいのだ。 

 この映画は新人仮面ライダーを通して「何のために戦うのか」がテーマとなっている。何の得もなく見ず知らずの赤の他人のために戦う理由が見つからず苦悩する新人ライダー。人のため、世界のために何のためらいもなく自らを危険にさらすレジェンドライダーが戦うさまを見て、確たる答えは出せないが、戦うことを決めた新人ライダー。最後にはその成長を見ることができる。 

 エグゼイドは全巻通して見たし、ビルドも現在放映しているところまでほとんど見ていた。レジェンドライダーではオーズはダイジェスト的に見ていたが、フォーゼは一部、 鎧武とゴーストはほとんど見ていなかった。一つ見たことがあるものがあるだけでこの映画の楽しみ方が広がっていく。なかでもオーズは他のライダーよりテーマが壮大で命の重さを知ることができる。 

 オーズ役の映司と相棒のアンクがきらりと光っている。オーズを見る前にこの二人を見た時、金髪の派手できれいなお兄ちゃんがいないと変身できない仮面ライダーがかなり異質だったのに、見てみたらオーズなしではこの映画は楽しめないくらいにはまっていた。 一番感動したのもこの二人が出ているシーンで、オーズの最終回を思わせるシーンからつながっていて、オーズの生命力のある力強さと、アンクの儚い美しさが映像からも伝わってくる。思わず涙が流れていた。 

 この映画を見たことで、知らなかったライダーも見てみたい。素直にそう思った。個人的にはキャストが癒し系の顔のゴーストと元住職だった御成のコンビの話を見てみたい。娘のおかげで新しい仮面ライダーの楽しみが出来て本当によかった。  

 

※この映画は娘の希望で3回見たんですが、3度目も同じところで笑い、同じところで感動しました。私にとっては人生初のことです。

 

「半落ち」☆横山秀夫を読んで…。

 

半落ち (講談社文庫)

半落ち (講談社文庫)

 

 

半落ち (講談社文庫)

半落ち (講談社文庫)

 

 

 

もし妻(夫)がアルツハイマーになったら、あなたはあなたのままでいられますか?自分を見失わない自信がありますか?

 

おすすめ度  ★★★

 

 

 

 この作品のタイトルを見た時、どんな話なのか正直想像できなかった。「半落ち」という言葉が警察用語であることを知ったのは、30頁を過ぎたあたりからだった。「半落ち」とは容疑者が犯行の一部を自供していることで「完落ち」とはすべて自供したことだそうだ。

 

 この作品は現役警察官が起こした殺人事件に関わる警察官、検察官、裁判官、記者、弁護士、刑務官の告白から成る小説である。現役警察官が起こした不祥事を目の当たりにしてそれぞれが考えたことは保身、ねつ造、暴露、成敗である。

そして事件の原因となった現代の社会問題でもある介護殺人がこの小説の重要なテーマとなっている。若くしてアルツハイマーを発症した妻が大切な息子の命日を忘れてしまう自分が辛く「殺してほしい」と望む。次第に壊れていく妻を見て、苦悩の末それを叶えた容疑者。殺害を自供したもののその後の2日間のことは話さなかった。その空白の2日間がマスコミにより大きな問題となった。

 

 

 自分が殺めた妻を残して、容疑者は何をしていたのか?死に場所を探してさまよっていたのか?女に会いに行ったのか、憶測が憶測を呼んだ。 周りで関わっている特別公務員の思惑が交差し、この容疑者を成敗しようと試みるも、最後には「この男を死なせてなるものか」という言葉が出てくるところが不思議だ。この容疑者の「澄んだ目」が魔法のように彼等を惑わせるのか?

 

 

 この小説のキーワードとして、「人間五十年」がある。幸若舞の敦盛にある言葉である。 49歳である容疑者は何故この言葉を書き残したのか?

空白の2日間は息子の死に原因があった。その謎はぜひ小説を読むことで紐解いてほしい。著者が認知症や介護問題をどれだけ研究をし、事実確認をしたのかわからないが、医療関係者の方にもぜひ読んでもらいたい。ただテーマが重いだけに若い読者には敬遠されるかもしれない。

 

 

    もし自分の家族がアルツハイマーになって、苦しんでいる姿を目の当たりにし、殺してほしいと懇願されたとしても大切な人を殺める行為だけは自分はしたくないと思ったし、優しい殺人者などありえないと強く信じている。

 

 

 余談になるが、現在奇遇にも認知症の可能性のある高齢者を見守るネットワークの仕事に携わっている。自分の親よりはるかに若くてもこのネットワークに登録している高齢者が多い。年間約300人が登録している。時々警察より登録者が行方不明になったと連絡がある。有料であるが、携帯型GPSも提供しているがやめる登録者も多い。それはGPSを持っていくのを忘れることが多いこと。たばこのライターよりも大きいため持ち運びが不便だったり、中には捨ててしまう登録者もいるようだ。長寿大国になって長生きできるのはありがたい話だが、健康で長生きしたいものである。

 

 

 自分の親は闘病もしたが認知症とは現在無縁である。ただこの先認知症にかからない可能性はゼロではない。その時にこの容疑者の気持ちがわかる時がくるのかどうか・・・。

 

この先ますます高齢化社会が進むと言われている。この小説を読んで、認知症、介護問題について改めて考え、できる範囲で対策したいと思った。